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    ソーシャルレンディング赤裸々日記
    ソーシャルレンディング(投資型クラウドファンディング)の投資履歴から業界の動向、考察まで幅広く手がけています。ぜひご意見、情報がありましたらお寄せください。
    続・生活保護の実態・現場への理解を求める生活保護擁護論者たち

     「生活保護を批判する前、見直しを検討する前によく生活保護のことを知ってほしい」と一見正論を述べながら、その実態は現在の生活保護制度の問題点を無視、矮小化しモラルハザードの拡大を許す擁護論者への反論、第二弾です。

    第一弾はこちらです。余計な前置きはこれ以上述べずに、以下前回の続きから始めさせて頂きます。

     問題点③生活保護の問題点を解決、改善する提案を提案せよ
    我々勤労者が求めているのは不埒な生活保護受給者を減らす方法や働き損の生活保護制度を改善する為の鍵です。税金を支払っているものとして当然の権利です。彼らが用意する資料にはそれらは用意してあるのでしょうか。
    結論から言うと私が調べた限りではそれは否です、彼らは生活保護制度の改革もの生活保護の不正受給、不埒な受給者の存在というここまで世論を沸騰させた問題を矮小化し、生活保護受給者の不利になると彼らが考える一切の改革を認めようとしません。

     上記の生活保護の問題に対して政府が行おうとしている改革を彼らは「不正はごくわずかで大した問題ではない」、「不正受給を取り締まるのはコスト的に合わない」、「受給者の人権を脅かす」、「支給条件を厳しく審査するのは漏給(本当に困っているのに、生活保護を受けられない事態を指す)の問題を大きくする」などの反論を挙げてことごとく反対します。

     小野市における生活保護費のパチンコへの浪費を諌める条例が全国のサヨクのパッシングを受けたことがその事を雄弁に物語っています。彼らの生活保護制度に対する待遇改善の要求は盛んですが、その一方で生活保護受給者に対する政府、世間一般からの要求に対しては頑なにそれを拒みます。彼らが私たちに理解を求めるならば、理解への阻む障壁を無くす提案をまずするべきです。

     問題点④現行制度がもたらすモラルハザードの無視は許されない
    もちろん彼らが前述のような反対をするにあたっては、ただ反対するのでは無く、それらの(彼らに言わせれば)改悪を行えば、現在ある不正受給、浪費などよりも、もっと大きな問題が起こるのだよという説明がなされている場合が多いです(特にみわよしこ氏の主張には)。それらも含めてかれらは「生活保護を理解するべき、そうすればパッシングをする気にはならはいはず」と主張しているのだと考えられます。

     私は彼らの主張に限らず様々な生活保護に関する情報をインタビュー、雑誌、書籍、WEBで読んで、聞いて勉強しました。また過去生活保護受給者と触れ合い話を聞いた体験を元に考えてみました。それでもやはり「一部の」生活保護受給者のモラルハザードを認める現在の生活保護制度は、厳しくなるように改正されるべきだと考えています。

    法改正により彼らの主張する問題が発生するとしても、モラルハザードは倫理的に許せないし、あることによる弊害が大きいと考えるからです。彼らは貧窮者の生活の保証、立ち直りには現行の生活保護が有効であり、それによる「正の効果」はモラルハザードによる「負の効果」を上回ると考えているようです。しかし私は逆に考えています。現行のモラルハザードを許す仕組みは、結局は楽な道であるモラルハザードに陥る受給者を増加させ制度そのものを崩壊させると考えています。彼らの主張も私の主張もそれ自体を証明できる客観的なデーターは存在しません。しかし現行の制度では生活保護受給者は増加の傾向にあるという事実、悪質な不正受給、怠惰な受給者の実態がしばしば報道される今日の事態は私の主張の傍証になりえると考えています。

     ただ確実に言えるのは現在の甘い制度のまま不正受給、受給者数の増大(の記録更新)が報道されるたびに、一般勤労者の受給者への怒りは大きくなっています。彼ら生活保護問題のプロフェッショナル、インテリがそれを「生活保護に理解がないものの理不尽な怒り」として、軽視するのは許されないと思います。

    問題点⑤どうせ改革案に賛成する気もないくせに、議論の前提として理解を求めるな
     私は彼らの要求するように一般の人が生活保護制度への理解と知見を深めることは、少なくとも彼らと議論するのに何の役にも立たないと考えています。どうせ理解した上で彼らに反論しても結局のところ彼らはそれを認めようとしないのです、つまり彼らのいう「生活保護の実態を知って欲しい」というのはその後に「そして認めなさい」が後に続くのであって、まずは「議論するための下地を作ってきてください」という意味では無いのです。

     現実にみわよしこ氏は連載しているコラム「生活保護のリアル、政策ウォッチ編」で生活保護について十分に勉強しているはずの専門家の意見が受給者の不利に働くと判断される場合は、徹底的にそれに反論しています。「まずはリアルを知ってほしい」は結局、反論のための反論なのです。

     また「生活保護制度の実態を知れば、生活保護制度をパッシングできるはずがない」という独善的な考え方も指摘できるでしょう。あいにくですが私は彼らの主張をそれなりに勉強しましたが、やはりパッシングを止める気にはなれません。

     なぜ彼らが自身のことを絶対正義と思うのか、結局こちらが生活保護制度、現状の理解という条件を満たして議論に臨んだとしても彼らとの議論が成り立たないか。私は持論ですが憲法25条(生存権)の解釈の問題と捉えています、これについてはみわよしこ氏についての論評で述べさせていただくことになるでしょう。

    最後に
    「生活保護を批判する前に生活保護のことを知ってほしい。」

     一見もっともな意見で、正直な人は応じてしまうでしょう。私も応じてしまい、それなりに勉強しましたが結局時間の無駄でした。彼らの目的は結局はぬるま湯のような現行の生活保護制度の維持です。政治改革法案における論議で、明らかに国民のためになる改革であっても利権団体が、様々なこじつけ論をこしらえて反対をしているのと全く同じ構図なのです。彼らに利権があるかどうかは別の話として。

     まあサヨクの方々にとっては自分が弱者のために不当な弾圧に対して戦っているという悲壮なヒロイズムに浸かれるだけでも十分な利益、利権になることは理解できますが(笑)。

    この駄文が私と同じ過ちを犯さない助けとなれば幸いです。

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    テーマ:貧困問題 - ジャンル:政治・経済

    生活保護の実態・現場への理解を求める生活保護擁護論者たち

     先日、生活保護の問題についてネット上で活発に論じているみわよしこ氏についての論文(みたいなもの)を発表すると予告しました。

     その発表の前段階について、現行の生活保護制度を擁護する人権活動家の人々に共通する「ある主張」について、私の意見を彼らへの反論の意味も込めて述べたいと思ってこの文を書き上げました。

     「ある主張」とは“ニュース、新聞等の媒体やネットの噂による表面的で無責任なニュースや噂で生活保護制度を批判しないで欲しい、もっと生活保護の実態を知って欲しい”というものです。

     もっともな主張ではあり、また彼らもその「広報」を盛んにおこなっているのですが、その論旨やかれらの伝える「現場」のレポは結局のところ「生活保護改正」に対する反対論であり、様々な問題が認められます。それについて論じたいと思います。

     みわよしこ氏はダイアモンド・オンラインでの連載「生活保護のリアル」の初回で以下の様に述べています。

    性急に制度改革を考える前に、まず、生活保護という制度の「リアル」、生活保護受給者たち・生活保護という制度を支える人たちを始めとする多様な人々の「リアル」を知ることから始めるべきではないだろうか?


    生活保護のリアル~生活保護費削減なら国民全員が貧困化する可能性も!?
    急増する生活保護にまつわる「よくある誤解」~
    より

     同じくダイアモンド・オンライン上のコラムにおいて小川たまか氏は下記のように書いています。

     これについて、田村氏と初鹿議員の双方が口にしたのが、「生活保護受給者の問題を自己責任と考えるのであれば、一度、実際に生活保護受給者に会った方がよい」という意味合いの言葉だった。


    ダイアモンド・オンライン「生活保護の急増は本当に“不正受給”が原因か?
    蔓延する「受給者悪玉論」の死角と真に論ずべき課題」
    より
     
     田村宏社会福祉士、初鹿明博代議士(当時)の発言として紹介されていますが、筆者の小川たまか氏も同意見であることが引用の後に続く文を読むと伺うことができます。

     同様に湯浅誠氏は「やはり批判する人たちとホームレスの人たちが出会う場を作ることが大事だと思っています。」、藤田孝典氏は「生活保護に対して社会があまりにも無理解だと思った(生活保護や貧困の問題をテーマとした著書を出版した理由として)。」と述べています。

    湯浅誠氏の発言はBusiness Media 誠
    批判されても、批判されても……貧困ビジネスに立ち向かう理由
    より

    藤田孝典氏の発言はヤフーニュース
    生活保護、貧困テーマ「ひとりも殺させない」 さいたまのNPO代表が出版
    より

     彼らは生活保護制度、生活保護受給者へのパッシングはそれらへの世間一般の不理解が原因であり、それらの実際、現状を知れば非難は少なくなると考えているようです。また改革をするにしてもじっくり話し合い、それらを理解した上で行うべきと主張しています。

     もちろん人の命がかかっている以上性急な結論は避けるべきでしょう、しかしいま確実に進行しつつあるモラルハザードに手をこまねいていて良いのか、「リアルを知っていて欲しい」という彼らの主張は妥当なのか、そもそも忙しくて政治に参加できない勤労者の意見をなるべく実現させるために現在の政治制度はあるのに、その声そのものを否定するような主張はいかがなものか、様々な疑問が彼らの主張には認められます。

     彼らの「まず現場を知れ」という主張における様々な問題点について以下から述べたいと思います。

    問題点①善良な生活保護受給者を盾にして不埒な生活保護受給者を守ろうとするな
     日本人の大半は犯罪者ではありません。真面目に生活している人が大半です。当たり前のことですがだからといって犯罪(者)は問題では無いのでしょうか?もちろん違います。いくら数が少なくとも犯罪は問題です。犯罪者を日本人の殆どが真面目に暮らしているという事実で正当化できるものではありません。同様に大抵の人は生活保護受給者全体に怒りを覚えているわけではありません。それを浪費する人、生活態度を改めようと努力しない人、働き損になる制度に怒りを覚えているのです。

     しかし彼らが行う受給者の実態のレポにはまずそういった不埒な人物は登場しません、湯浅誠、藤田孝典氏が紹介する受給者は(彼らの文筆によれば)100%責められることのない弱者ばっかりです。みわよしこ氏は前述の連載の中で当初100%の肯定はできない受給者をレポして問題を提起していましたが、その意欲的な活動はいつのまにか鳴りを潜めて、生活保護改革反対論ばかりを主張するようになってしまいました。

     我々勤労者は生活保護制度の問題点、不埒な受給者に対する改革を求めているのです。一生懸命頑張ってきて、不幸にも困窮してしまった人への支給を無くせと主張しているわけではないのです。
    そこを弁えずにいくら大半だからといって「善良な生活保護受給者」ばかりを矢面に立てて世間に紹介しても決して分かり合えないのです。

    問題点②忙しい勤労者に膨大かつ、私たちの怒りと無関係な勉強を押し付けるな
     なぜ忙しい勤労者が時間をかけて生活保護受給者の事を理解しなければいけないのでしょうか。そもそも論点がずれています。確かに一部のレイシスト的な考えを持つ人間は生活保護受給者全体を悪者にして攻撃しています。しかし前述の通り大半の勤労者が問題にしているのは一部の問題ある生活保護受給者、制度だけです。忙しい勤労者に膨大な資料を用意してまずそれを読み生活保護全体を理解するように要求するのは卑怯のように感じます。

     生活保護費のギャンブルなどへの浪費の禁止、不正受給に対する厳罰化、不埒な生活保護受給者への徹底的な懲罰が実施され、それが周知されれば(たとえ一般の人の生活保護への理解度が今と変わらなくても)生活保護受給者に対するパッシングは鳴りを潜めるのではないでしょうか。現在パッシングが起きているのは生活保護を受給している人のほとんどが本当に困った人であり、支給費が適正に使われている、不埒な人間、浪費する人間が罰されているという担保が無いからです。それが無いのに生活保護の現状をいかに知識、あるいは実体験として理解したとしても、彼らが望む「生活保護受給者への理解と同情という理解」は得られないと思います。

    問題点はまだありますが、とりあえずは今日はここまでにして残りは後日アップしたいと思います。

    次回記事
    続・生活保護の実態・現場への理解を求める生活保護擁護論者たち

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    テーマ:貧困問題 - ジャンル:政治・経済

    生活保護制度の問題点について~湯浅誠氏への疑問~③

    現行の生活保護制度に疑問を投げかける
    「論文みたいなもの」の発表第三弾です。第一弾はこちら、第二弾はこちらです。
    この投稿でひとまずの区切りとなります。


    [結論ありきで論説を組み立てる湯浅氏に見られる危うさ]
    前章で述べると私の読みにくい主張が更に読みにくくなると思って、章を別けました。前々章で求められた湯浅氏の主張以外に認められる問題点を2つほど挙げさせていただきましょう。まず1つ目ですが湯浅氏は一部の度し難い生活保護受給者を守るために、その他多くの生活保護受給者も巻き込んでその存在を軽んじているように感じられます。

     湯浅氏の主張では生活保護受給者は「守られる存在」でしかありません。しかし現状はそうであるとしても、「かつてはそうでない人」も多いでしょう。生活保護受給者の人たちにだって、自分は働ける頃は税金、年金その他の義務を果たし社会を「助けてきた」のだから受給資格は十分にあると考える人もいるでしょう。「公共福祉に頼って生きていく」という言葉で、一括りにされてはかなわないという思いもあるのではないでしょうか。

     一部の度し難い生活保護受給者が「一方的に守られている、自分以外をろくすっぽ守ってこなかった、意欲の貧困によりこれまでも、これからも守るつもりもない」という事実を弁護するために、家族、企業、公共福祉を「守り、またそれに守られている人、守ってきた人」をすべて同列に置く。これが湯浅氏の1つ目の主張の問題点です。


     2つ目は湯浅氏が自分の主張を正当化するために、他人を尊大な人間に仕立て上げ、その人格を貶めているのではないかとう疑問です。そもそも湯浅氏に対して「一人で立派に生きてきた」と実際に主張した人は存在したのでしょうか。その人はどういう意味でそう発言したのでしょうか。

     後に続く文章を見るとその人がまるでその人が誰にも頼らず生きてきたと思い込んでいる傲慢不遜な人物に思わされます。自分の力だけで生きてきたなんと言える人間は私の知る限り、地球上に存在したことはありません。そんな事を思っている人間は、そう思っていること自体でその人自体の知能の欠乏を証明できますし、同時に傲慢も兼ね備えた最低な人間です。思っているだけでも十分恥知らずですが、公言しているとなるとその人の人格を形容する言葉は私の語彙には存在しません。私もこいつは屑だと思える人間には結構めぐり合ってきましたが、「一人で立派に生きてきた」と宣う(のたまう)レベルのカスには会ったことはありません。ひょっとしたらこの人たちも、前章の老人と同じく湯浅氏に生活保護制度に関する疑問を投げかけたために、湯浅氏によって一方的にカスに仕立て上げられてしまった人ではないでしょうか。

    何にせよ「企業や家族に頼って生きてきた人達」だけでも恐らく社会は成り立つでしょうが、「公的福祉に頼って生きていく人達」だけでは世の中は回りません。後者は前者に依存しているのです

    企業や家族に頼って生きてきた人達は、一人で立派に生きてきたというのであれば、公的福祉に頼って生きていくのも一人で立派に生きていくことです。

    などといって一緒にするのは無理があります。

     それに意義を唱えたら

    自分が頼ってきたことをタナに上げて“公的福祉に頼るのはケシカラン”というわけです。

    などと「ケシカラン人間」扱いするのはいかがなものでしょうか。

     上記の2つの問題点は湯浅氏の目的は「生活保護受給者全員の弁護」であり、その結果手段も道理もわきまえない論説が出来ることを顕著に示しています。道理をわきまえて物事を論じ、考え「生活保護受給者全員は全員弁護する」という結論に至ったのではないのです。「生活保護受給者全員の弁護」という考え方がまずあり、そこから論説を組み立てていくので、一般の人には理解し難い内容になるのでしょう。

     湯浅氏の主張は丁寧になされているため一見それを感じさせませんが、注意して見れば湯浅氏は自分に反対する人の意見をねじ曲げて捉えて貶め、相対的に自身の正当化を図っている、そのように感じられてなりません。生活保護制度に反対する解りやすい敵(悪)を作り、相対的に自分を正義とすることで善悪二元論という単純な構図を作る方法ですね。この場合の敵は「70代の老人」や「企業や家族に頼ってきた人達」です。こういう人達は、大概の生活保護受給者よりもずっと努力して、勉強して社会に貢献してこられたと思われますが、生活保護受給制度に異を唱えた、その事実だけで不当に非難されている、そんな気がしてなりません。

     己の正義を信じて疑わない湯浅氏の言動を私は非常に危険に感じます。

    [湯浅氏は怠慢な受給者に対する勤労者の怒りが解らない、故に貧困の解決はできない]
    私がなぜ一文の得にもならないのに、生活保護受給について長々と論文みたいなもの書いているのか、それは私の「度し難い生活保護受給者への怒り」これを世の中に訴えたいからです。なぜ私がこれほど彼らを憎むのか、それを伝えたいのです。しかし世の中にはもっと憎むべき対象がいるのではないかと思う人もいるでしょう。不埒な生活保護受給者など、極悪非道な犯罪者、テロリストなどに比べれば些細な問題ではないのではないかと思う人もいるでしょう。

     それを説明する形でこの「論文みたいなもの」を終章にしたいと思います。加えて湯浅氏は貧困の問題を解決できないと私が考える訳も述べたいと思います。

     この世の中はそれなりに努力して、勉強して、勤労している人のお陰で成り立っています。私も人後に落ちるつもりはありません。そうした努力の積み重ねで、まだまだ誇れるものではありませんが、身分、人種、国籍などによって差別され努力が報われない社会よりも、努力が報われる社会へと人類は少しずつ進歩させてきました。もちろん完全な努力、能力主義では不幸になる人が多すぎます。格差が余りにも開くことはかえって人類全体の不幸となるので福祉も大事です。しかしそれはその社会に参加する人がその社会に貢献とする意志、モラルを持っていることが大前提です。

     それらを持たず、犯罪を代表とする反社会的行動によってそれを害するものは、とうぜん排除され、その罪の重さに従い裁かれなければなりません。しかしその貢献するものでなく、害するものでありながら現行の法律では裁けない「怠惰、悪質、心の腐りきった生活保護受給者」はどうでしょう。正直言って私は普通の犯罪者より、前述のような生活保護受給者の方によほども怒りと憎しみを感じます。なぜなら犯罪者は普通に糾弾され、逮捕され裁かれるのです。社会の考え方と私の考え方はおおかたコンセンサス(合意)がある以上私は納得そのことに納得することができます。あとはその犯罪者が実際に逮捕され、どう裁かれるかは別の問題です。

     しかし生活保護受給者という言葉で一括りにしてはいけませんが、一部にはどう考えても受給する資格がない人間はいるでしょう。現状彼らはどう社会に処されているのでしょうか。逮捕されているのでしょうか、罰されているのでしょうか。言うまでもありません、野放しとなっているのです。確かにどこからどこまでが怠惰、悪質、心が腐りきったと決められるかは判断が難しいでしょう。しかしせめて社会全体が「これはいけない」というコンセンサスを持ち、その改善を試みなくてはいけません。しかしそのコンセンサス自体が得られていません。湯浅氏を代表するサヨク勢力の過剰な弁護のおかげで、改善は遅々として進みません。

     このことこそ私が犯罪者よりも一部の生活保護受給者を憎む理由です。

    遊んで暮らしている生活保護受給者よりも、惨めな生活をしている勤労者がいっぱいいます。
    勤労者が収めた税金から捻出された生活保護費をギャンブルに費やす生活保護受給者がいっぱいいます。
    勤労者が収めた税金から捻出された生活保護費を不正受給する生活保護受給者がいっぱいいます。


     これらのモラルハザードが勤労者を怒らせています。本来普通の人生を送ってきて、貧しい人、不幸な人への理解と慈愛を持っていた人にそれらを失わせ、心を毒しています。負の連鎖を引き起こしています。

     是正されなければいけないのにそれはサヨクに邪魔されて進みません。

     生活保護受給者だって趣味を楽しむ権利があるだの、ワーキングプアの給料をまず上げるべきだの、生活保護受給者は老人、障害者、傷病者が大半だから不埒な生活保護受給者を排除しても全体的な生活保護受給費はたいして減らないだの、漏給が実際にはたくさんあるだの、サヨクの反論が噴出し、物事は動きません。

     それらの意見は理屈的に正しい部分もありますが、実際には勤労者にとっては関心がない部分が多いことにサヨク陣営は気づいていないのではないでしょうか。われわれ勤労者はモラルハザードがあることが、それが進行しつつあることこそに怒りを覚えているのです。勤労者よりも働いていない生活保護受給者が良い思いをしているという事実が存在することに怒っているのです。モラルの問題であるようでモラルの問題でなく、モラルの問題で無いようでモラルの問題であるのです。理屈の問題であるようで理屈の問題でなく、理屈の問題で無いようで理屈の問題なのです。

     この怒りには生活保護受給者に対する嫉妬も多分に含まれていることは事実ですが、それを隠すつもりはありません。悲惨な生活をしている受給者も多いでしょうが、やはり一定数でワーキングプアから見たら羨ましいという生活を送っている受給者も多いでしょう。

     わたしはワーキングプアではありませんが、それでも彼ら受給者の自由時間の多さにはうらやましさを抑えられません。彼らほどの時間があればもっと限りある人生を楽しめるのにとどうしても考えてしまいます。

    さて湯浅氏がこれらの怒り、嫉妬の対象である受給者の怠惰、ギャンブルについてどのように考えているのでしょうか。それがよく解る発言をネットで確認することができました。

    偏見というのは理屈で説得できるときもありますが、やはりなかなか難しい。例えば「オレは生活保護を受けながら、パチンコばかりしている奴を知っている」といった指摘があります。しかしこの人が知っているのは、1~2人のみ。わたしはこれまで何万人もの生活困窮者と接してきているので、そういう人はごく一部しかいないことを知っています。ただ人間というのは自分の経験の範囲でしか物事を考えられませんから、説得するのは難しいですね。理屈で説得できるのは限界があるので、やはり批判する人たちとホームレスの人たちが出会う場を作ることが大事だと思っています。



    Business Media 誠
    批判されても、批判されても……貧困ビジネスに立ち向かう理由
    より

    つまりそういう不届きな受給者はごく一部だから、「大した問題でない」と主張しているのです。「ごく一部とは具体的にどのくらいなのか」、「あなたは無意識に、もしくは意図的に不埒な受給者から目を背けているのではないか」という疑問が正直湧いてきます。

     また確かに大半の生活保護受給者は悪い人ではないでしょうがその事実を持って不埒な生活保護受給者を弁護するという論法はいかがなものでしょうか。大半の生活保護受給者がまじめに生活しているのは一部の不埒な生活保護受給者を守るためだと思っているのでしょうか。

    今年度予算の生活保護費は約3兆7000億円で、受給者は約209万人(152万世帯)。その中でも受給者の多い大阪・西成区では、毎月1日の支給日は通称「給料日」と呼ばれ、区役所前には9時に始まる支給手続きを待つ受給者の長蛇の列ができる。その後の光景も独特だ。今度は付近のパチンコ屋に200人以上の行列ができ、10時の開店と同時に1円パチンコの席が埋まる。そして生活扶助が遊興費に消えていくのだ(中には増やす者もいるのだろうが)。


    NEWSポストセブン
    「生活保護は恥」は過去 今は“貰えるものは貰っておけ”に
    より

     湯浅氏は何万人と会ったと上から目線な主張をしていますがこういったレポートを読むと、「200万人超の生活保護受給者のうち、「ごくごく良識的な上澄みの層」としか会っていないではないのかという疑問も付け足されます。

     それらの質問を湯浅氏にしてものらりくらりかわされるでしょうから、かわしようのない質問をぶつけさせていただきましょう。

     上述の通り、湯浅氏は生活保護受給者がギャンブルに溺れることを擁護はしてはいません。ただごく一部だから大した問題ではないとかわしています。ではもしこれが殺人などの重大犯罪でしたら同じレトリックでかわせるでしょうか?殺人は明らかに他の大抵の犯罪よりは発生頻度は低いと思われますが、その事をもって殺人事件を「たいしたことはない」と言ってよいのでしょうか。

     もちろん違います。「発生頻度が低いからその犯罪が大したことはない」などというレトリックが正しいように聞こえるのは「その犯罪が発生頻度に関係なくたいした問題では無い場合」だけです

     このレトリックを用いるということは、我々の税金を生活保護受給者がその生活の再建を目指さずに浪費しているという重大で、怒るべき大問題を「たいしたことはない」と湯浅氏は考えているという絶望的な事実を証明しています。また湯浅氏が貧困の問題と戦うリーダーとしてふさわしい人間では無いという事実も同時に証明しています。

     貧困の解決を真に願っているのならばそれに使われるべき金額が浪費されている事実を重大な問題として捉えるべきでしょう。ましてや湯浅氏はそれを目指す団体の単なる構成員ではなくリーダー、トップ、幹部と言っても良い存在です。あまりにも自覚が足りないのではないのでしょうか。

     湯浅氏は自分が指揮する団体において構成員が活動費を着服したり、そこまでいかなくとも無駄遣いしてもそれが「ごく一部」だったら「大したことはない」と許せるのでしょうか?それとも血税が無駄にされるのは自分の財布が痛まないから許せますが、自分が所属する団体の活動費が無駄に失われるのは許せないのでしょうか?それとも両方共問題ありません、と考えるほどサヨクの毒が頭にまわっているのでしょうか。

     勤労者の税金がギャンブルに無為に使われているという悪事を弁護するという無理は、ここまで人の論説に無理を生じさせます。私は納めている税金が無駄に使われているという事実を「大した問題ではない」と考える人物が貧困と戦うリーダーとしてもてはやされている事実を受け入れることができません。

    ましてやこのような人物が本当の意味で貧困を解決できるとは思えません。

    日本のモラルハザードは今日も順調に進行中です。


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    テーマ:サヨク・在日・プロ市民 - ジャンル:政治・経済

    生活保護制度の問題点について~湯浅誠氏への疑問~②

    現行の生活保護制度に疑問を投げかける
    「論文みたいなもの」の発表第二弾です。第一弾はこちらです。


    [意欲の貧困には下限を決めなければモラルハザードを止められない]
    「意欲の貧困」という概念は、これまで単に怠け者、社会不適合者と呼ばれてきた人を安易に切り捨ててはいけないという事を一般の人に理解してもらうためには非常に優れた考え方です。しかし下限を定めずに世間一般の人にに理解を求めるのは2重の意味で意欲の貧困に陥っている人々を救うことになりません。

     第一に勤労世親も感謝もモラルも能力もなく生活保護を貪っている人間は生活保護需給者の中に一定数いることは事実です。その人々を肯定してしまうことは彼らを「今のままでよいのだ」と思わせることになります。これは本当の意味で彼らを救うことになっているか非常に疑問です。結果、「水は低きに流れ、人の心もまた、低きに流れる」の言葉通り、モラルハザードは止まらず、彼らの様な人々の数の増大を増やすだけとなるでしょう。度し難い人間というのは例え自分が無能力者であり他人が働いた結果の税金で、遊び暮らせているという事実を突きつけても、感謝も改心も努力しません。

     だからこそ「度し難い人間」なのです。モラルハザードに陥った人間は「彼らは意欲の貧困に陥った被害者だ」というモラルでは救えないし、改善もできないのです。

    第二にそのような意欲の貧困に陥った生活保護受給者が増大していけばしていくほど、それは一般の勤労者の目に止まるようになり、生活保護受給者全員への理解を失わせていくことになるでしょう。この問題は現在進行形で進んでいることです。その結果回りの理解があれば救われるはずの生活保護受給者までもが、「社会的つながり」という溜めを得られにくくなり更なる貧困に陥る。結果更に度し難い生活保護受給者が目立つようになる。そして更に生活保護受給者への理解が失われる。この負の連鎖は果てしなく続くでしょう。

    だけど、自動車を持っていたり、申請するのが嫌だったり、家族のことを気にしていたり、いろんな理由で申請してないんです。母子家庭のお母さんが、「自分が申請したら子供がいじめられるんじゃないか」と思って申請してないとか、そういうケースがいっぱいあるわけですよ。


    ニコニコニュース「生活保護が浮いて見えるのは、世の中が地盤沈下したせい」派遣村"村長"の湯浅誠氏がナマポ・バッシングを斬る より

     湯浅氏は生活保護を受ける資格がありながらパッシングを恐れて、受けない人(漏給)を問題視していますが、モラルハザードが現在のまま進行すれば漏給の問題はより大きくなり、一部の心無い生活保護受給者の行いにより、更に生活保護を受給する人々の立場は狭くなるでしょう。受給者と勤労者の更なる対立という図式を生むでしょう。

     結局は恥も外聞もモラルもない人間がいけいけしゃあしゃあと生活保護受給を申請する一方で、後ろ指を指される事を恐れ、自らの意志で生活保護を申し込まない人も増えていくでしょう。更に湯浅氏が憂慮する貧困の問題は大きくなっていくでしょう。

    [湯浅氏は生活保護受給制度を非難する人の言葉を曲解している]
    湯浅氏は生活保護受給者、貧困者を助ける自分を正義と信じて疑わないが故に、彼に反対する人の意見を曲解して捉えているのではないかと思われます。そんな箇所を一箇所挙げさせていただきます。

     湯浅氏は本人も挑発的だと認めながら「ある一定以上の地位、年齢以上の地位」の人は「企業と家族に守られてきた」といい、生活困窮者が「社会福祉」で守られることを非難する人間を「多少挑発的」と自覚しながら戒めます。「ある一定以上~」の代表としてのやり玉として上げられるのがとある“憲法に関する集会”に参加しアンケートに答えた老人です。

    <前略>、70代の男性のアンケート用紙には「そんなことをいっても、若い奴等は甘えている」と書いてありました。世代ギャップがあって、なかなか通じないのではないかと最近強く感じています。

     多少挑発的に言いますと、ある一定以上の地位の、ある年齢以上の人達は、企業と家族に守られて生きてきた。ひとりで、自分の力で生きてきたと皆さん言いますが、企業と家族に守られてきたのです。<中略>若い人達は、だらしが無いからでなく、家族、企業にも頼れないため、公的福祉に頼るしか生きていく術がなくなった。そういう人がそれなりの数が出てきています。ところが企業や家族に頼ってきた人達は、自分が頼ってきたことをタナに上げて“公的福祉に頼るのはケシカラン”というわけです。これは不公平であると思います。

     企業や家族に頼って生きてきた人達は、一人で立派に生きてきたというのであれば、公的福祉に頼って生きていくのも一人で立派に生きていくことです。彼等は、公的福祉に頼っているから一人で生きていないというのであれば、企業や家族に頼って生きてきた人達も一人で生きてこなかったといえます。



     まず湯浅氏は生活保護受給者が批判される理由を誤っていると思われます。もっと踏み込ませて言わせていただければ「意図的に誤っている」との疑問を抱かずにいられません。もしそうであるのだとしたら「非常に卑怯な戦術」です。

     「そんなことをいっても、若い奴等は甘えている」、「甘えている」とはどういう意味でしょうか。続く文を読むと「若い人が生活保護を受けること」、「福祉のお世話になること」自体を甘えと見なしてその老人は批判していると湯浅氏は主張したいようです。

     しかし私はその部分だけでは到底その老人が「生活保護」を受けること自体を批判しているとは思えません。普通に考えればその老人の主張は「今の若者はだらしない、努力をしないから結局は生活保護を受けるような事態に陥ることが増えているのではないか」だと考えるのが自然です。もし生活保護受給自体が甘えているという主張が老人の記したアンケート用紙にはっきり記載されていたのならば、湯浅氏はそこを採り上げるべきでしょう。

     この文章だけでその老人を若者の保護受給者を理由の如何に関係なく一切認められない非情な人物というレッテル貼りをするはいかがなものでしょうか。湯浅氏は多くのサヨクと同じように「己が正義」と考えるあまりに、それに反論する人全ての意見をねじ曲げて捉えてはないのでしょうか、あるいは意図的にねじ曲げてその人格を貶めてよいと考えているのではないでしょうか。

     私はこういう思考の持ち主が20世紀に共産圏で大量虐殺を引き起こしたと考えているので、この事ついては湯浅氏個人を厳しく非難したいと思います。

    [相互扶助、公共福祉を湯浅氏は完全に誤解している]
    前章で湯浅氏が主張している「福祉で生きていくことだって立派に生きて行くことだ」というレトリックは湯浅氏が相互扶助、公共福祉を完全に誤解していることが理解できるとても興味深いものです。それらを誤解して「だれでも、どんなことをしても与えられるのが当然」という考えを持っているから、度し難い生活保護受給者を過度に弁護するのだと理解できるという意味でも興味深いです。

     さて人が他の動物と異なり優れているところはその社会システムに「相互扶助」を組み入れていることです。元気な人、若い人、能力的に優れた人がお金や努力を提供し、病める人、障害を負った人、能力的に問題のある人を助ける仕組みを作り上げる。そうすることによって自分自身が不幸や老齢により働けなくなった場合に備えられる。また単に食糧確保、生命確保だけに限らない新しい価値観のもとで働ける人が増え、その結果、より多くの人が芸術や科学探求の結果を楽しむことができる、恩恵を享受できる。「相互扶助」こそ、人間が産み出した最も偉大な発明だと私は考えています。

     ここでポイントなのは相互扶助に参加している人間は守られる(助けられる)立場だけでは無く、守る(助ける)立場でもあるのです。相互扶助に参加する人間は己が「助けられる」うちはその他の人を「助ける」義務を負います。家族に助けられる人は家族を助ける立場であり、家族というグループの中で何らかの役を負っています。企業は更にシビアでしょう。その人間が企業のなかで「守られる(助けられる)」ためにはその人間は勤労し、その属する企業を守り、助けてその存在価値を認めて貰う必要があります。湯浅氏の文章をからは「生活保護受給を非難する人」は一方的に家族や企業に守ってもらっている存在のようにしか感じられません。

     相互扶助はそんな甘いものではありません。その属する団体に貢献しない人間、保険の掛金を払わない人間には、いざ困ったときに助けてもらう資格はありません。そう考えると湯浅氏がいうように「企業や家族に頼って生きてきた人達」と「公共福祉に頼って生きていく人たち」を両者とも「一人で立派に生きて行くことです」という言葉でくくることの無理がお分かりいただけると思います。「企業や家族に頼って生きてきた人達」はほぼ全員がその共同体のなかでその人が果たした成果、貢献、役割で「生きてきたのです」、一方的に頼っていたわけではありません。

     それに対して「公共福祉に守られて生きていく人」はどうでしょうか。それなりに理由はあるでしょうが現状では一方的に頼って生きていく立場、守られていく立場です。生活保護制度は確かに相互扶助のシステムでありますが、現行は性善説により成り立っており「他人を全く助けない、助けたことが無い、助けるつもりのない」人でも享受できます。ようするにこれまでは日本国民はほとんどの人が、己の力が許す限りで公的な相互扶助、すなわち公的福祉に参加してきたという性善説的な前提が成り立たなくなってきているのです。

     その生活保護受給者が若いころ、健康なころ医療保険、年金、税金その他の義務を負って生きていたのなら、その人は相互扶助のシステムによって助けられ、生活保護を受給する資格はあると思います。不幸にして、人を助けることができる前にその状態になってしまった人も当然含まれるべきでしょう。

     湯浅氏の言うとおり、社会情勢の変化により若くて健康でも、従来に無いケースで貧困に陥る人もいるでしょうから、そういった人に対する生活保護費の支給もある一定の範囲で理解できます。しかし湯浅氏の様に下限を定めずに、無分別にそれを認めることは単なるモラルハザードです。

     公共福祉は湯浅氏が言うような「守られる制度」では本来ないのです。「守り、守られる制度」なのです。公共福祉は一方的な「施し」では無く、「相互扶助」なのです。

     国民年金の掛け金を真面目に働き続け積み立ててきた人への年金給付額よりも、遊んで生きてきて、その結果老齢になり困窮して受給する生活保護支給額の方が高い。これは湯浅氏にとっては正しいことなのでしょう。私にとっては違います。

    今日はここまでにさせて頂きます。
    次回で最後になると思います。ご意見をいただければとても嬉しいです。


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    生活保護制度の問題点について~湯浅誠氏への疑問~①
    以前の記事で述べたように生活保護受給問題について
    いろいろ勉強し、論文みたいなものを書いてみました。
    ようやくまとまりかけたので、段階的に発表したいと思います。

    以下論文です。


    なぜ生活保護受給者は急増しているのか。なぜ不正受給の問題が大きく採り上げられているのか。なぜ生活保護受給者を擁護する側と非難する側の主張には大きな隔たりがあるのか。これらの問題の検証を私なりにしてきました。

    今の時点で私が出した結論は
    ①現行の生活保護制度はモラルハザードを引き起こすものであることはまちがいない。
    ②生活に窮乏した人を助ける機能を持つべきなのに、更なる貧困を招きかねない自己矛盾を抱えている。
    ③湯浅誠氏には貧困の解決はできない。
    の3つでした。
    そのような結論になぜ至ったかを述べていきたいと思います。

    [湯浅誠氏の主張を取り上げるにあたって]
    貧困と最前線で戦う活動家として、知名度、実績共に湯浅誠氏がまず思い浮かばれると思います。生活保護問題についてもそうでしょう。

    氏のプロフィールについてここでいまさら言及することも無いと思います。

    2007年8月26日に静岡県労働研究所が開いた第4回総会記念講演会においての講演内容(セーフティーネットを救え-『貧困』は自己責任じゃない-)は今でもネットで読むことができます。題名も内容も判りやすく、氏の主張はこのころから基本的に変わっていないと思われます。
    まずはこの湯浅氏の主張を取り上げていきたいと思います。

     以後、生活保護擁護論に反論するために、他人の文章を引用する際には全て信用できる組織、個人によりネットでアップされ参照できるものについてだけ述べます。つまり素性の解らない人の書いているブログ、このブログの読者がすぐに参照出来ない書籍に書かれている文章などは取り上げません。

     私が人の意見を論じるに当たって「確かにその人がそのようなことを言った」をネットですぐに確認できるようにしたい、そのほうが納得を頂きやすいと考えるからです。以下この講演内容を元に湯浅氏に対する反論や疑問を呈していきたいと思います。この講演内容に関して湯浅氏の発言や論理を挙げるときはいちいち引用元を明示しません。
    逆に別のネットの情報から湯浅氏の主張を取り上げるときはその引用元URLを含めて(リンクを貼る形で)明記します。

    [意欲の貧困は現状では一般人の理解を得られない]

    この講演で湯浅氏の実際の貧困に取り組む活動など、いろいろ述べられていますが生活保護問題が引き起こすモラルハザードに絡まない箇所は、特に必要が無い限りは特に述べません。

    講演において湯浅氏が貧困の問題として挙げている、理解を求めているポイントをまとめると以下のようになります。
    ①貧困に追い込まれる人が社会の変化の中で増えている
    ②四重の否認(政府・マスコミ・市民・本人)により貧困問題が見えにくくなっている
    ③五重の排除(教育課程・企業福祉・家族福祉・公的福祉・自分自身)により貧困に追い込まれる人がいる。
    ④「溜め」がないために貧困に追い込まれる人がいる。
    ⑤貧困に対して自己責任論を適用することはできない


     私が同じ状況に陥ったことを想定して考えると、納得できる部分もあります。しかしあまりにも、自己責任論を否定するがあまり、同意しかねる面も多く見られます。

     湯浅氏の主張では貧困に陥った人全てが「やむを得ず」そうなったのであり、「自己責任ではない」と説明されてしまいます。湯浅氏は講演の中でいくつか生活保護受給者の例を挙げていますが、その例は一般の人からみたら「生活保護を受給するのはやむを得ないな」と思わせる例だけです。そのような例について私は文句をつけるつもりはありません。しかし湯浅氏はこのような生活保護を受ける人を例に挙げることによって、生活保護制度を問題視する人の意見をすべて無慈悲な、非道な意見に仕上げ立てている気がしてなりません。「このような不幸な人がいて、生活保護制度によって助かっているのに、それに異議を唱えるのは何事か」というわけです。

     しかしこの様な例では「貧困の原因が自己責任であるとは限らない」ということが示せるだけで、明らかな自己責任で貧困に陥った人がいるという事実は否定できません。
    怠惰、努力不足、愚かな選択、高慢、粗暴さ、他人に対する冷酷さ、無神経さ、配慮の無さ、などなどでそういった失業、貧困、に陥る人がいることは否定出来ない。そういう人が生活保護を受給しても自立の助けにはならないのでは、生活保護を受ける資格自体がないのでは。それが当然な疑問ではないでしょうか。

    しかし湯浅氏はやはり上記の“一般の人からみたら貧困に陥って当然の行い・素行の悪さ”に関しても上記の「精神的な溜め」が無いためとの理由で自己責任を否定するのです。

    仕事のことになると、「お前が頑張らなかったせい」と自己責任論で片付けられる。多くの人にとっては「頑張ればできる」ということなんだろうけど、本人にとってはどうしても乗り越えられない。これも広い意味で「貧困」だと思うんですよ。つまり、「意欲の貧困」、精神的に「溜め」がないということなんです。


    「ネットカフェ難民」転落 本当に若者の「責任」なのか――NPOもやい事務局長・湯浅誠氏インタビュー(下)より

    確かにプラスの言葉をかけられたほうがやる気がでるし、成功率も上がるでしょう。
    マイナスの言葉が逆の結果を生み出しやすいことも同意できます。

    しかし湯浅氏が言う「精神的な溜めの無さ=意欲の貧困」は、一般の勤労者には理解を示せる限度を超えていると私は思います。湯浅氏の主張では以下のような人たちがこの「意欲の貧困」として認められることとなります。

    「怠惰」、「努力不足」で仕事をやり遂げられない、試験などに受からないのはその人間が「成功経験」、「努力が報われる経験」がこれまでの不幸な人生で得られなかったから、「愚かな選択」をするのは教育を受けられなかったから高慢、粗暴さは躾をしてくれる、愛してくれる家族がいなかったから、他人に対する冷酷さ、無神経さ、配慮の無さはその人の社交経験が未熟だから年越し派遣村で就活費として2万2千円をもらいながら、それを持ち逃げするのは日頃大金を持った経験が無いから、不正受給、多重受給、ギャンブルに溺れることは・・・・、などなどです。部分的には納得出来る部分もありますが、湯浅氏のレベルで自己責任を否定するのは博愛主義、寛容主義を通り越してある種のカルトの様に私に私は思えます。

    主観で述べさせていただければ上記で赤い文字で書いた部分がかなり納得出来る部分、紫色が納得出来る部分もあるかもしれない部分、緑色が全くできない部分です。
    湯浅氏はそこまで弁護していないのでは・・・、と思われる方もいるかもしれませんが、現に上記の通り年越し派遣村の就活費の持ち逃げを弁護していること、「性行不良による貧困」を肯定してしまうことは「『貧困』は自己責任じゃない=自己責任否定論」を否定しまうことにつながるので、そう考えて差し支えないと思っています。

    湯浅氏の言う「意欲の貧困」は一般人から見て度し難い生活保護受給者が、なぜ愚かな行動をとりつづけるのか、という疑問に答えることはできます。そして正しい答えなのだと思います。しかし正しいからとはいって一般人が納得できる答えであるかについては全く別の話です。
    生活保護を受給しながら遊び暮らし、パチンコをし、生活態度の改善、勤労を顧みない人間、なぜこのような人々を「意欲の貧困」などという理由で肯定し、野放しにしておかなければいけないのでしょうか?
    下限を定めず、無制限、無責任に「意欲の貧困」を肯定し、勤労者、納税者までにその理解を求める湯浅氏の主張は決して一般人の理解を得ることはできないでしょう。

    [意欲の貧困を解決する方法を湯浅氏は提示していない]
    湯浅氏は生活困窮者に生活保護を受給させる活動だけではなく、受給者を自立させる活動にも力を注いでいます。しかし「意欲の貧困」に陥っている人に安易に生活保護を受給させても、就労まで結びつきにくいこと、また不正受給やモラルハザードの原因になることは明らかでしょう。「意欲の貧困」に陥っている人が無いのは「仕事をやる気」だけではなく、「道徳的に正しい道で生きる気」もない人も含まれるのですから。

    「金や住居の溜め」が無い人には生活保護で生活扶助と住宅扶助を、「社会的つながりという溜め」が無い人には湯浅誠氏が携わってきた反貧困ネットワークで、社会への参加を」という考え方は多くの人の理解を得られるでしょう。私も賛成です。しかし「精神的な溜め」がない人、意欲の貧困に陥っている人をどう助ければ良いのか?

    湯浅氏は以下のように答えます。

    「自己責任論」の問題は、倫理的によくない、というよりも実効性がなくて解決にならない、という点なんです。何らかのかたちで「成功体験」や受け入れられる経験を通じて「溜め」を増やすことが重要だと思います。


    「ネットカフェ難民」転落 本当に若者の「責任」なのか――NPOもやい事務局長・湯浅誠氏インタビュー(下)より

    確かに様々な「溜め」が無くてどう仕様も無い人に、湯浅氏がいう「溜め」がある人が、なんでもかんでも自己責任を言い立てるのが「実効性がなくて解決にならない」。たしかにその通りです。しかし湯浅氏が言う「何らかのかたちで「成功体験」や受け入れられる経験を通じて「溜め」を増やす」という言葉だって、同じくらい実効性が無い、漠然としすぎて意味が私にはわかりません。

    どんなに能力の低いひとでも最低限「やる気」があれば、その事を褒めることはできます。逆に「意欲」が低くとも「能力」が高ければそれも褒めることができ、うまくすれば成功体験に結びつくでしょう。湯浅氏の言う「意欲の貧困」に陥っている人は十中八九「やる気もなく能力の低い人」と考えられますが、このような人に対して「成功体験」や受け入れられる経験」を与えることは可能なのでしょうか?

    「成功体験」、「受けいれられる体験」をするためには、少なくともその人物がその本人以外のだれかに「有為」なことを行う必要があります。その人物に能力に劣り、かつ意欲に欠ける、湯浅氏の言う意欲の貧困ある場合、それによってなされる無為な行為に無条件に「成功体験」、「受け入れられる経験」を与えるのは、「成功体験」、「受け入れられる経験」の価値そのものを著しく失墜させ、かえって人に「溜め」を与えることが出来なくなるという矛盾を抱えていないでしょうか?

     「何らかのかたち」などという抽象的な言葉ではなく具体的な例で示して欲しいものです。それができないのでしたら、生活保護受給者には救いようのない本当に心の腐りきった人間、生活保護を支給する必要のない人間がいるという事実を認め、「努力の貧困」などという言葉で全ての人間を無責任に救う活動を止めるべきでしょう。

    とりあえずは今日はここまでにさせていただきます。
    あと2回か3回に分けてアップして行きたいと思います。。


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